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無徒に遊ぶ 老荘に学ぶ

無徒に遊ぶ 老荘に学ぶ

言葉の解釈次第ですが、無徒に遊ぶとは、呑む、打つ、買うは真の意味での無徒な行為になりますが、、、古来から呑む、打つ、買うは必要悪であったのもまた然り。。。

わかっちゃいるけどやめられない、いえ、わかっているけどやめる気ない、と言うようなところでしょうか。

老荘思想の気楽な点は、物事を絶対視することなく物事を相対的にみるので、どうとでも自分の都合の良いように捉え解釈できる気がするので、僕のような適当な人間にはもってこいの思想であり、なんとなく正しい気持ちになれる。

僕の行いをあなたは否定するけど老荘ではこう言ってるよ、と言えばなんか説得力がございます。

ナンゾコレヲ無何有ノ郷、広漠ノ野二植エテ、彷徨トシテソノ側二無徒二、、、、面倒になったので。

簡単に言えば役に立たない全く使い道のない木が庭に生えてるんだどうしよう?

そんな木は広い荒野に植えたらいいさ、その木の袂で無徒に物思いにふければ良い、というような押し問答を恵子と荘子はしております。

さらにはその役に立たないからこそその木は切られもせず大木になるよ、荘子は言っております。

奥さんが僕に言います。

キャバクラ遊びなんて全くの無駄よ、と。

いやそんなことはないよ、金を使い女の子を落とし君より若くてかわいい子の膝枕で僕はビジネスの事や今後の人生の在り方の物思いに吹けているんだよ。

で、ひっぱたかれる。ダメだこの亭主となり、僕は鳳のように自由に大空を舞うことができるのです。

ここでひっぱたかれた腹いせに、君だって熟女好きには需要があるんじゃないの?正にこれが無用の用だよ。

で、またひっぱたかれる。。。

 

老荘思想をなんとなく当てはめると、間違ったことでもなんとなく、理のような気がしてきます。

宇宙規模の視点から現も夢も混濁しなんか言葉で丸め込み、気が楽になる老荘思想。

僕はまだ修行が足りずに俗心が抜けませんが、この自由な混沌をさらに深めて、行きつくところの、無になるのです。

解釈次第ですが、無徒に遊ぶ、これほど気楽で楽しいことはないですな。

 

 

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