仏教について1~10まで知りたければ、手塚治虫のブッタを読めば王家のシッダルータが天上天下唯我独尊と爆誕しどう苦悩し出家し、過酷な苦行を経て、ミルク粥を食べ沐浴をしアシュヴィッタ木(菩提樹)の下で悟りを開き、その後どう布教し涅槃に到ったかがよくわかります。
ブッダを読むと、仏教と宗教は別物なんだな、という事が理解できます。
仏教がどう宗教となったかは手塚治虫の火の鳥の鳳凰編と太陽編の上・中・下を見るとユングの云うところの素朴な人類の共通意識である火の鳥や太陽信仰から八百万の神と仏神による宗教戦争(蘇我氏と物部氏)、また人の目に見えぬところでの妖怪戦争、それ等戦争で傷ついた妖怪を永久に火の鳥の罰で手当する八尾比丘尼。未来永劫と続く宗教戦争が描かれております。
インドからシルクロードを渡り中国を経て儒教と混ざり日本へ来て政治と混ざり、現在はもう何が何だかわからなくなっておりますが、仏教の本質は悟りを開き真理を知ることであり、そのための方法論(諸行無常や中道に八正道など)であり、ちゃんとすれば、なれないでしょうが誰でも悟りを啓ける可能性があるという事を教えております。
啓けないでしょうが。。。
ですから仏陀以前にも仏は居てそれ以後も悟りを啓く者(弥勒)は出てくるというのが仏教の考えでありこの辺になるとなんだか怪しくなってきます。
中国に渡ると道教との対立が起き、基本的に無の境地である老荘思想も穏やかな気持ちで居られなくなったのか老子化胡経では老子が仏陀に道を教えたことになっており、あれだけ雄大な老荘思想もなんか言ってることおかしくない?と疑問符が生じます。
仏教だろうと老荘だろうと、空だの無だの似たようなことを教えているのでどちらでも良いと言えばどちらでもよいのです。
そもそも真理なんてねーよ、なんて意見もある訳ですから、で、この意見の違いから宗教となりあろうことか戦争が起きる。
仏教と宗教は違うんだ、神がかっておりますがブッタはもとは人間であったというとなんか信じられませんがちゃんと寿命のある人間でした。
仏教、仏陀の教えは興味深いですが僕にはとても退屈で無理ですが、こんなんできたら正しい人間に慣れそうな気がいたします。