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壬生狼 壬生村の狼集団 新撰組

壬生狼 壬生村の狼集団 新撰組

同じ町内にこんな人切り集団いたら迷惑だったでしょうね。

そもそも新撰組とは多摩の田舎道場の天然理心流の四代目当主近藤勇が経営する試衛館に出入りしていた青年たちからなる集団です。

主な面子は、土方歳三、沖田総司、山南敬助、永倉新八、藤堂平助、原田左之助、斎藤一、井上源三郎などです。この人達も一歩間違えば攘夷志士になりかねなく、たまたま近藤さんが食客として囲っていたから試衛館で食っていけてましたが喰い詰めていたら近藤勇とは別ルートで京に上って行った可能性はあります。

当時の尊王攘夷思想は佐幕派、倒幕派などすでに枝分かれし、これは思想ではよくあることで同じ目的内で行動派や慎重派、過激派と細分化し、やがて党内の覇権争いになり訳のわからない事になる。宗教戦争など会社などの派閥、現に京に上った新撰組ですら派閥間の粛清の嵐になるのですから、まぁよくあることです。

ですから、この当時の若者は尊王攘夷と云うスローガンに意味がわからなくても触発され、なんとなく外国は悪い、弱腰の幕府も潰すと考え新撰組自体もたまたま幕府よりの佐幕派になっただけだと思います。

 

侍にあこがれる君!!!君も幕府公認の警備隊にならないか!!!治安維持に将軍警護の名誉ある仕事です。

こんな感じの募集に田舎侍は舞い上がったんでしょうね。

ただこの募集、清河八郎と云うなかなかの大物詐欺師の計略でして、倒幕派浪士で荒れる京都を浪士により制圧する、毒をもって毒を制したらどうでしょうか?と幕府に進言しその案は採用されましたが、これは全くの嘘で、幕府の金で集めた浪士で幕府を打つと云う、とんでもない発想力の持ち主だったんです。

幕府にとっては毒にさらに自分で金を払って毒を増した感じになりビックリしたでしょうね。

清河八郎 かなりおもしろいです、おそらく幕府から現金もかっさらってるでしょうやりたい放題です。これで横浜の外国人基地を襲撃する予定でしたが、幕府も怒り刺客の佐々木只三郎にあいさつをするのに笠の紐をほどいてる時にやられました。

度胸は相当だったんでしょう、これだけの悪をやってのけたのにロクな警護もつけないで歩けるのですから、それか当時の幕府が相当舐められていたのか、北辰一刀流の使い手だから切られない自信があったのか。

 

ここでやはり凄いのは近藤勇もで、紆余曲折ありましたが京につき清河八郎にいきなり江戸に帰る、朝廷の許可も得ているんだから、と言われたのに、初志貫徹と言い放ち残ることにする、としたのはどういう胆力でしょうか?

右も左もわからぬ京都、住処や生活費の問題、あと清河八郎が一応は許可を得た朝廷の命令の無視、なかなかできる事ではございません。

あとは何故か近藤さんに便乗した芹沢鴨(このひとの魅力はのちのちまた詳しく書き出します、これもかなりの問題児ですから)

まぁでも清河八郎本体と決別しなんとか壬生村に居座り、さらには会津藩お預かりで壬生浪士組と名乗り出したのが新撰組の始りですね。

 

近藤勇はじめ当時の若者気持ちはどうだったのでしょうか、不安はあったのかな?武士でも。なんか江戸時代の侍だからキチっと真面目そうな感じですが、国を騙したり保守派を天誅などと叫び切り、外国人施設を焼き討ちしたり、はっきり言って僕の中のイメージの侍のする事ではございません。。。。国に忠義なくしてどうして侍か。

尊王攘夷だぁ、よくわからないけど面白そうだなぁ、なんか上手くしたら出世できそうだし志士にでもなろう、志とはほど遠いいそんな軽い乗りを感じます。

若者だったんですね、たいして後先考えずなんとなくで無茶しっちゃってますよね。そうして出世欲にこの当時の物語に必ず出てくる遊郭。

出世して女遊びしたかったんでしょうね。わかるよ。

 

疲れたから続きはまた今度

 

PS ブルース・スプリングスティーン 明日無き暴走

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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