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自我の超越 デクノボートヨバレ

自我の超越 デクノボートヨバレ

マズローと言う心理学者の説で、欲求段階説というものがあり、人間は生理的欲求、安全の欲求、社会欲求と愛の欲求、承認欲求、自己現実の欲求と段階を踏んで欲求を求めるというものです。

そうして面白いのがこれらの五段階の欲求をすべて満たすと、更なる上の段階の自己超越と云う階層があるとしています。

これは目的の遂行、達成だけを求める領域で、見返りも求めずエゴもなく、自我を忘れてただ目的のみに没頭し、何かの課題や使命、職業や大切な仕事に集中している状態だと言っております。

 

なんとかこの領域行ってみたいのですが、例え何かに集中したとしていても、僕の場合、必ずそこに見返りか儲けか、卑小なエゴが介在しております。

ときどき自分が嫌いになりますが、それもまた人間よ、欲なくどうして生きれるか?なんて欲に負ける自己を正当化しエヘラ笑って過ごし、いや、僕のこと隙あらば勝たしてもらうよ、と常に勝ちの遂行、達成だけを考えている領域であります。

近いようで全く遠い自己超越の状態、なんとなく集中している度合いは、それっぽいですが常に心に他者(敵)がおります、超越した段階では他者はいなく自己のみですからほど遠いいです。

今日なんか感傷的になっているのは、宮沢賢治の雨ニモマケズをたまたま読んだからです、、、彼は一日に玄米4合と味噌と少しの野菜しか求めて居ません。

あとはそう云う者なりたいと言う、欲求のみです。実に質素であります。

一日に玄米4合ってなんかそんなに食べるんだ?とも感じますが、暑さや寒さに負けない身体を維持するには腹に入れとかないといけないのかもしれません。

僕はこの詩を読むたび、如何に自分が狂っているか思い知らされますが、この詩もまた狂気であります、なんとなく僕の感想ですが。。。

 

欲求段階説の一段階目の生理的欲求に振り回され、安全の欲求の拒否、愛の欲求の過剰摂取、承認を越えた自己顕示欲、他者を蹴落とすことでしか現実出来ない自己現実、そうしてあろうことか更なる極みの超越の領域への興味、狂っているとしか思えませんが、欲なくしてどうして人間よ、という気持ちも捨てきれません。

ただどうしたって欲と切れない人間が無欲をうたうのにも僕は狂気を感じるのです。

一日に玄米4合と味噌と少しの野菜を食べるのは、たしかに素晴らしい事でしょうが欲にまみれて勝ち負けに拘り色々考えているのもつまらなくはありません、ときどき自分の小ささに嫌気は差しますが、、、

本日はなんとなーく無欲な詩に振れ感傷的な一日でした。

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