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最近太宰治の映画観ましたので人間の弱さ、依存症について

最近太宰治の映画観ましたので人間の弱さ、依存症について

遠藤周作の言葉に、、、自分が弱虫でありその弱さは自分の芯の芯まで付き纏っていることを認め、他人を見、社会を見、文学を読み、人生を考えることができる。

と言うようなことが、お茶を飲みながら、と言うエッセイに書いてあり初めて自分に弱さがあるんだ、と自覚した記憶がございますが、この言葉の良いところは、まず、自分にしみ込んだ弱さを認めた上で、初めて他について考えろ、と言っていることです。

人を否定するのは簡単ですが、その前に自分は他を責めるほどご立派ですか?

今現在、僕の抱える依存症をあげてみれば、ギャンブルに車、女に煙草、煙草は2年前に自力で克服しましたが、未だに吸いませんが吸いたいなぁ~と思う事あり、あとは女性の髪の毛の香りも好きでクンクンしてウザがられますので、軽く考えただけでかなりの依存を抱えておりまして、これを認めた上でどうして人を責められるのか、となります。

ですが、、、少し人がミスればここぞとばかりに攻め立て傷つけ馬鹿にして見下し、挙句、弱い人間が悪いなどとほざき人を傷つけたくてうずうずしている自分が居るのも事実であり僕は少し狂っているのかもしれません。

まぁこんな狂った自分の内情も含めてそれこそが人間の弱さなのでしょうが、なかなか自分の弱さを認めるのは難しいことであり、大声で僕はイカレテおります、と叫ぶ訳ですからね、自分は狂っていますと。。。

自他ともに人間の弱さを認めるのは、やさしさであるような気がいたします、僕はあんまり自分にも優しくできないので、やはり人の弱さが目に付くと、甘えだよ、と感じてしまい、どうしてもっと努力しないのだろう、と考えますが、果して自分が他人に思うほど自分が努力したことなどあるかと言われると遊んでばかりのような気がします。

依存症ね、やらない人からしてみるとどうしてこうも愚かなのだろうか、と思いますが、太宰治が斜陽かヴィヨンの妻の中で、家の割れた電球を変えないで他人に酒を奢り飲み歩き、デカダン?こうでもしなきゃ生きて居られないんだ、と言い訳しておりましたが、これが人間の弱さの言い訳の極致でしょう。

自堕落な生活しながら半分死んだような目して、依存症?こうでもしなきゃ生きて居られないのですよ、とヘラヘラしてギャンブルしながら酒を呑みSEX、これはこれで非常に楽しいでしょうけれど。。。

自分の弱さを知る、これができたら少しは分別がわかるような気がいたします。。。

 

PS僕の知り合いの株式会社K4の社長田中和明 やはり真の苦悩はわかってないようです。

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