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ブルーハーツが聴こえない

ブルーハーツが聴こえない

中学生の時にハイスクール落書き、というドラマの再放送でブルーハーツのトレイントレインを初めて聞き、衝撃を覚え、何かしないといけないと、とりあえず当時付き合っていた女の子と2,3週間家出をして問題になったのを記憶します。

今思えば馬鹿過ぎですが、若かったころは何かにつけて感動を覚え、そうしてそれを吐き出したい衝動に駆られて、まぁそういう事を総じて若気のいたりと、言うのでしょうが、今思い返すと大変に恥ずかしいことですが、最近感動の薄れてきた自分を考えると、もうあんなつまらない事で感動することがないのか、、、と思うと少し寂しい気もいたします。

僕はブルーハーツを聞くまで、最終的な部分で大人や社会が正しいんだろうなーとぼんやり思っておりましたが、ブルーハーツを知り、なんだかわからないけど、このままじゃいけない、と大した信念なく大人の言う事を聞くのをやめたらこんないい加減な大人になってしまいました。

このまえ知り合いの社長とお会いし、川越のいちの屋と言うおいしいうなぎ屋さんがコロナのせいでテイクアウト初めてそれが店内で食べるよりもテイクアウトだと安くてお得なんですよ、と何気なくお話したら、では是非それをお昼にしようとさっそく一緒に買いに行き、そうして食べたら、おいしいおいしい感動しました、と大変喜んでおりまして、後日その社長が田中君のところでコーティングしてくれたので、その時はココ壱のカレーを出前にとってみんなで食べたのですがその時も感動していて、あと僕の会社の置き場を南国風にして遊ぼうと思ってる、とお話したらさっそく見に行くとやはり感動しておりました。

こう僕より年上で更に稼いでいて、うなぎやカレー、僕のくだらない遊び心にいちいち感動し行動している大人を目の当たりにすると、自分もこれじゃいけないな、と最近感じまして、もっともっと感動して生きて行こうと感じました。

そう感じたのでYouTubeでブルーハーツを久々に見ましたが、僕がくだらなくいい加減な大人になってしまった所為か、ブルーハーツで目頭が熱くなることはありませんでした。

ブルーハーツは僕の右手で、いまにも目からこぼれそうな涙の訳が言えません、今日も明日も明後日も何かを探すでしょう、と歌っております。

情熱のバラでは、涙はそこからやってくる心のずっと奥の方、情熱の真っ赤なバラを胸に咲かせよう。

トレイントレインでは、聖者になんかなれないよ、だけど生きている方がいい、だから僕は歌うんだよ、精いっぱいデカい声で、目えない自由が欲しくて、見えない銃を撃ちまくる、本当の声を聞かせておくれよ。

いま冷静に読むと一見シンプルなのに、すさまじい歌詞であり、考えるのは野暮なんですが、一生かけてブルーハーツの歌詞を考え尽くしたくなりますが、そういう事ではなく、僕にはもうブルーハーツは聴こえない、ブルーハーツが解散した後、こんなタイトルのビデオが出てあったんです。

感動は大切です、何かに感動するのはなんか恥ずかしいですが、たくさん感動している人に触れると、こちらも非常に楽しい気持ちになります。

感動はたいせつなんです。。。

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