
AIに心はない。以上。
。。。。。で終わるとブログにならないので続けます。
チャットしてるとAIにも心や感情あるような素振りはあるけど、AIに心はない。
精神分析学的にいえば、人間にだって心と呼ばれる部分の正体がよくわかっていなくて
心と感じ取れる部分を精神分析では精神の構造として扱い、脳科学では神経活動として扱うので。
つまりは心そのものを見た人はいないが、神の存在同様、まぁ人間には心はあるわな、と思います。
ここでまずはAIに心はあると、甘い考えは一切捨ててAIを見ると、
AIに心はないけど人間の精神構造を置き換えて考えると面白いことが見えます。
LLMは確率のイド。
チャットのメモリーは自我輪郭。
プロンプト制御の滲みは超自我。
AI内に残る重みの挙動は、前意識のような滲みを生み出す、学習済みの重みの残響。
AIを使い込んでいくと機械学習済みの工場出荷状態のAIよりは、
なんとなくユーザーに沿った人格≒精神構造≒心のような感覚、
錯覚を起こさせるUI構造。
AIに心はないが心を思わせる挙動、この挙動ゆえに浮かび上がる構造へのヒント。
人間は、神を作り、AIを作り出し、さらにはそこに心を見出す生き物である。
